雑音

かべうちの雑記 / 絵はほぼ版権 / 閲覧非推奨

頭の中がどろどろしている。孫悟空がつけてる頭の輪っか(きんこじというらしい。漢字が変換で出てこない)で締め付けられてるみたいな感じで、おでこの裏側に熱い水が溜まっているみたいだ。

わからない。これが抜歯からくる不調のせいなのか、気圧のせいなのか、心労なのか、はてまた生まれ持った障害と呼ばれるもののせいなのか。私は明らかに発達障害なのだが、いわゆるグレーゾーンというやつだ。生活に支障をきたすほどの思考の乱れは持っていない。だけど診断が下っている以上、明らかな不調は生まれ持っていて当然だと思う。実際ADHDの人間は情報を一気にぶち込まれるとキャパオーバーを起こし、脳細胞が死滅するという研究結果が出ている。そのせいかわからないが、私も1時間を超える会議や初めて習う数学の公式の授業に出席すると、前日にどんなに対策をしていても必ず寝てしまう。一応「今日こそは」という気持ちで臨んでいるので、誰にも助け舟は頼んでおらず、結果墓穴を掘って誰よりも自分のことを恨めしく思っている。

自分の持つ幾多の微かな乱れに何度振り回されてきたかわからない。それが自分のせいなのか甘えなのかわからないのがずっと昔から怖いのだ。口を開いて不満を訴えようものなら「わかるよ、みんなそんなもんだよ」と言われてしまう。そんなわけないだろ、と言いたくなるのをぐっと堪える。きっと優しさから出ている返事なのだ。否定はできない。

今マンガバングで金色のガッシュベルを1話ずつ読んでいるのだが、自分が魔物だと知ってしまったガッシュの「バケモノだけでは悲しすぎるではないか」はすごく良くできたセリフだと思う。バケモノは身体能力や心の仕組みが一般的なものとは根本的に違うから、他のものに歩み寄ろうと思うなら、自分の心の犠牲を払う覚悟で他者に優しくなるか、見ないふりをして我がままに振る舞うことのどちらかしかできないのだ。どちらにしても群れるのは合理的ではない。でもそれじゃ、悲しい。心がないわけじゃないから。

 

休日は昔から嫌いだ。何をしていいかわからないのだ。かと言って平日が好きなわけではない。

手を動かして何か作っている間だけは何も考えなくて済む。だから私は制作が好きだ。どんなものを作ろうか、どんなものができるかを想像するのも好きだ。だから物作りは嫌いじゃないと思う。お出かけや旅行も好きだし、ベッドの上でゴロゴロする時間も好きだ。何より同じスケジュールを2週間ほど繰り返していると心がだんだんげっそりしてくる。だから休日は必要だと思う。それでも、休日になると、趣味でも、勉強でもなんでもいいから「何かしなければいけない」という気持ちから逃げられない。溺れている時のような、嘘を隠している時のような胸を引っ掻くキリキリしたものから何をしても逃げられない。未来に置いていかれてる気がする。

 

ここまで書いて、今日はしっきーのかっこよさについて語るつもりだったのを思い出した。お花のことも一昨日くらいから描きたいと思ってたのに。明日にしよう。早くCDこないかな。